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特集記事

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 頑張っています!!同窓生 (第5回

吉岡英樹 氏(85回生)

言葉を楽しく覚える、難聴児向けアプリ
『Vocagraphy』の開発者

今回は、都内の大学でメディア関係の教員をやりながら、「聴覚障害者」が抱える社会的問題の解決のため、パソコンやスマートフォンなどのIT機器を駆使した支援活動に取り組む卒業生の紹介です。

その支援活動を始めるきっかけとなったのはご息女の存在です。

芝の在校生時代はブラスバンドに所属し、音楽に囲まれた毎日を送っていたとき、人生を変えるできごとが起きます。行き先はアメリカです。その後、帰国し、アメリカで培った経験を生かし、大学の教員になりますが、それはすべてご息女の存在につながるという話。

人生を変えるできごとはどんなものだったのか。時間軸を35年前に戻して、語って頂きました。

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<1>芝のブラバンから渡米するまで

中学生の頃

「どうしてアメリカに留学したのですか?」

私が渡米することを決めたのは、忘れもしない中学3年生の2学期でした。ブラバンの先輩からアメリカのドラム・コー(注1)のビデオを借りたところ、そこには見たこともないスピードで次々と美しい形を作りながら、とんでもなく難しいフレーズを演奏しているマーチングバンドの姿がありました。それを見た瞬間、その美しいグリーンのフィールドに自分がいる姿を思い浮かべたのでした。


中学生の頃周りの人にその話をしても、誰も真剣に受け止めません。なぜなら、私が当時演奏していたのはアルトサックスで、ドラム・コーの編成には含まれていません。しかも、当時その大会に出場した日本人はまだ数名しかいませんでしたので、おそらく無謀な夢にしか聞こえなかったのでしょう。ただ、私の中にはなぜか根拠のない自信がありました。まずは、ドラム・コーで使われているビューグルという金管楽器を購入し、トロンボーン奏者でもある音楽科の森隆史先生を頼り、昼休みに指導して頂くことになりました。インターネットがなかった当時は、演奏と行進をしているところをビデオに撮影し、アメリカに郵送してオーディションを受ける必要がありました。その結果、合格し、高校卒業後にすぐ渡米することになったのです。普段は寡黙な森隆史先生も、とても喜んで下さったのを覚えています。

渡米してドラム・コーに参加
渡米してドラム・コーに参加

<2>音楽音響のプロから難聴児の親へ

「音楽を学んだ吉岡さんが、聴覚障害に関わるようになったキッカケを教えてください」

アメリカで短大に通いながら2年間ドラム・コーの大会に参加し、年齢制限である21歳で引退した後、ボストンにあるバークリー音楽院でシンセサイザーやコンピューター音楽といった最新の音楽テクノロジーを学びました。1995年に帰国した時、日本はバブル崩壊後ではありましたが、音楽業界はまだ全盛期が続いていました。私は幸運にもサザン・オール・スターズやミスター・チルドレンなど第一線で活躍するアーティストの現場で働く機会を得ます。その後フリーになり、CM音楽や着メロのサウンドクリエイターを経て、現職である大学教員に着任しました。私が所属するメディア学部は1999年に設置された新しい学部で、情報工学をベースにしたインターネットやコンピューターを使った新しいコミュニケーションについて教育・研究に取り組んでいます。

ジェイムス・テイラー氏とナタリー・コール氏から学位記を授与
ジェイムス・テイラー氏とナタリー・コール氏から学位記を授与

ここまでお話した通り、私の人生は音楽に溢れていて、これからの人生も音楽無しには生きていけないだろうと考えていました。その私の元に、ほとんど音が聞こえない娘が生まれてきたのです。正確に言うと、「新生児聴覚スクリーニング検査」(注2)を受けたとき、難聴ではないと診断され、4歳までは発話がほとんどなく、発達障害の疑いがあるとされていました。その後、遺伝子検査や脳波検査から難聴であることが発覚したのです。

この話をすると、「音楽をやってきたのに、お子さんが難聴でショックではなかったですか?」と聞かれます。今振り返ってみると、難聴の発見が遅れた娘に療育をすることで頭がいっぱいで、音楽のことまで気にかけている余裕がありませんでした。3歳になり自我が芽生えてくる子どもが泣き叫んでも、コミュニケーションがとれないため、その理由さえ分からないのです。自らの人生の中心となっていた音楽は、こんな時に何の役にも立たないとさえ考えました。

実はその後、娘は人工内耳(注3)の手術を受け、年々音がよく聞こえるようになったのです。学校で好きな教科を聞くと、体育と音楽だと答えます。実際には、まだ音程を正確には聞き取れていませんし、難聴による様々な困難はあります。それでも音楽を楽しんでいる娘を見ていると、その人なりに音を楽しめば良いのだと、音楽の本当の価値を教えられたように思います。「娘」の存在はある意味で運命的なのかもしれません。

<3>娘と共に開発したスマホアプリ

「どんなアプリですか?」

娘の難聴について調べているうちに、聴覚障害について大変興味が湧いてきました。聴覚医学や言語聴覚学、特殊教育学などに関係する学会に参加するため、全国で開催される学会に足を運びながら、知見を深めました。すると、私が専門としている情報工学がこの分野であまり活用されていないということが分かってきました。娘の難聴発見が遅れた要因の一つだと考えています。また、療育では紙の教材ばかり使われており、デジタルを使えばもっと効率的に出来るのではないかと感じました。そこで、2021年に『聴覚障害支援メディア研究室』を立ち上げ、学生と共にこれらの課題に挑むことにしました。私が取り組んだ最初の一歩が、すでにテレビや芝学園同窓会報(Vol.118)でもご紹介いただいた、言葉を楽しく学ぶためのスマホアプリ「Vocagraphy!(ボキャグラフィー)」です。このアプリは娘と使用しながら開発を進めたので、楽しく効果的に言葉を覚えられることは間違いありません。

アプリのチラシ
アプリのチラシ
「Vocagraphy!(ボキャグラフィー)」公式ウェブサイト
https://blw.jp/


<4>デジタルを活用して多様性のある社会にしたい

「今後、どのようなことに挑戦したいですか」

 アプリをリリースした2020年3月は、ちょうど新型コロナの影響が出始めた頃でした。大学の活動は全てオンラインに切り替わり、4月以降は毎日のようにその対応に追われていたのを今でも覚えています。皆さんと同じく、全てが初めてのことでしたので、手探りで遠隔授業の方法などをZoomで話し合ったり、授業動画を作成したりしていました。最初は研究室の機材をかき集めて、どうすれば遠隔で参加している学生に話が伝わるか、どうやってコミュニケーションをとるかなど、試行錯誤を繰り返しました。今見るとちょっと大袈裟なシステムですね。

2020年度の遠隔授業配信システム
2020年度の遠隔授業配信システム


 2年目となった2021年度は、対面授業が主体となり、一部の学生が遠隔で参加するというスタイルに変わりました。そのため、教室まで機材を移動させる必要があり、コンパクトなシステムへと変化させました。やっていることはほぼ同じですが、1点こだわりがあります。それは、私が話している内容をリアルタイムに字幕をつけている点です。

2021年度のハイブリッド授業の様子
2021年度のハイブリッド授業の様子


 これは「リアルタイムテキスト」と呼ばれており、例えば、「聞こえる人」が「聞こえない人」に対して音声で話したい時に、話の内容を理解してもらうことが可能になります。また、人工知能を使いサーバー上で機械学習を繰り返すことで、より精度が上がります。この技術はZoomなどの遠隔会議システムでも活用されており、手話が出来なくても「聞こえる人」と「聞こえない人」がオンラインで会話できるのも大きな特長です。さらに、文字化された文章を多言語化することで、様々な言語を使う人々の間でコミュニケーションが取れるようになれるツールとしても期待されています。

リアルタイムテキスト・システム

 デジタル情報技術を活用することで、多様なコミュニケーションが可能になり、最終的によく言われているダイバーシティ社会(注4)の実現に近づくと信じています。聞こえる人や聞こえない人、聞こえづらい人も、気軽に一緒に話し合える世の中になると良いですね。これまで不可能だとされていたことも、デジタルで可能になるのではないでしょうか。

私は、まずは娘のために、出来ることから少しずつ変えたいと思います。そして、その変化が少しでも広がるように、SNSなどで情報発信をしていきたいと思います。これまで芝の仲間に助けられてきましたが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

<文:吉岡英樹/編集:渡辺剛満(85回)>

 


注1:ドラム・アンド・ビューグル・コーの略。起源はアメリカの軍隊に所属する音楽隊にあり、いわゆるマーチングバンドとは別の歴史を歩んでいる。毎年夏に世界大会が開催されており、現在では毎年数十人の日本人が参加している。

注2:生まれて間もない赤ちゃんの「耳の聞こえ」の検査。先天性難聴の出現頻度は 1000 人に 1 ~ 2 人。聴覚障害は早期発見・早期療育が重要であるとされている。

注3:人工内耳は、現在世界で最も普及している人工臓器の1つで、聴覚障害があり補聴器での装用効果が不十分である方に対する唯一の聴覚獲得法。手術をして耳の奥にある蝸牛(かぎゅう)に電極を埋め込み、体外に装着するサウンドプロセッサーから音を入力することで、音が聴神経を通じて脳に伝わる仕組みになっている。

注4:年齢、性別、国籍、障害の有無などにかかわらず共存できる社会。


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